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ものごとをシンプルにとらえる

 私たちはともすると、ものごとを複雑に考えてしまう傾向があります。しかし、ものごとの本質をとらえるためには、実は複雑な現象をシンプルにとらえなおすことが必要なのです。事象は単純にすればするほど本来の姿、すなわち真理に近づいていきます。
 たとえば、一見複雑に思える経営というのも、つきつめてみれば〔売上を極大に、経費を極小に〕という単純な原則に尽きるのです。京セラの〔時間当り採算制度〕も、この単純化してものごとをとらえるという考え方をベースにしています。
 いかにして複雑なものをシンプルにとらえなおすかという考え方や発想が大切なのです。
『京セラフィロソフィ』サンマーク出版 P599より)
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『京セラフィロソフィ』ブログも、2回転目が終わります。
次はどうしようか、まだ思案中ですが、このまま3回転目に入ってもつまらないので、もう少し手法を変えてみたいと考えています。
そもそもこのブログは『京セラフィロソフィ』というテキストを日々の業務の中で忘れないよう、日めくりカレンダーのように毎日感想を入れて記録する目的で始めました。
それがどこまで効果を発揮できているのか、自分自身手応えがないまま進めてしまっているところがあります。
もう一度本来の目的を見つめ直してから再開します。
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ダブルチェックの原則を貫く

 人は誰しも単純なミスを起こすことがあります。また、してはならないと知りながらも、つい魔が差したように不正を行ってしまうことがないともかぎりません。
 こうしたミスや不正を防ぐためには、複数の部門や人が関わるダブルチェックのシステムが働くようにする必要があります。物品の購入における受入部門と検収部門という複数部門によるチェック、公印の捺印なついんにおける捺印者と保管者という複数の人によるチェック、数字の計算における二者検算等は、その代表的なものです。
 特に金銭関係や物品の管理においては、このダブルチェックを徹底し、ミスや不正を未然に防止する体制にしておかなければなりません。
『京セラフィロソフィ』サンマーク出版 P595より)
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この項目を読むと、「信頼して信用せず」という言葉を思い出します。
私も20代のころ、簡単な仕事をさらりとこなして上司に提出したところ、その上司はしっかりチェックして私の単純な間違いを指摘してくれました。
その当時私は自分がそんな単純なミスをしてしまったことにショックを受けましたが、同時にそれをしっかりチェックしていた上司に驚き、感動しました。
普段上司は私の仕事ぶりは信頼してくれていたと思いますが、決して信用していた訳ではないということを教えられた出来事でした。
大切な仕事ほど、信頼出来る人に任せることはたくさんあります。
しかしそこで油断して失敗した場合には、その責任は任せた方にあるということは肝に銘じておかなければなりません。

一対一の対応の原則を貫く

 ものごとを処理するにあたっては、どんぶり勘定でとらえるのではなく、ひとつひとつ明確に対応させて処理することが大切です。
 たとえば伝票なしで現金や物を動かしたり、現金や物の動きを確認せずに伝票のみで処理するというようなことがあってはなりません。売掛金の入金チェックにしても、どの売上分をどの入金分で受け取ったのかを個々に対応させながら一対一で消し込むことが必要です。
 また、生産活動や営業活動においても、〔総生産〕や〔総収益〕といった、いわゆる収益とそれを生み出すために要した経費を正確に対応させ、厳密な採算の管理を行うことが必要です。
『京セラフィロソフィ』サンマーク出版 P581より)
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原則を貫くというのは、重要であると同時に、場合によっては煩わしいものでもあります。
すべてにおいて原則を貫ければそれに越したことはないのですが、人はずる賢い生き物なので、面倒なことに直面するとつい逃げ道を考えてしまいます。
どうすればそれを回避できるか。
それこそが人生における重要な命題です。
例えば日記や手帳に目標を書き込んで日々見返すというのは、逃げずに解決策を考え続けるための一つの方法です。
そういう手法をどれくらい持っているかが、人生における命題をクリアできるかどうかの指標になるでしょう。

製品の語りかける声に耳を傾ける

 問題が発生したときや、仕事に行き詰まったときには、その対象となるものや事象を真剣に、謙虚に観察し続けることです。
 たとえば、製造現場では、あらゆる手を尽くしても歩留りが思ったように向上せず、壁にぶちあたることがよくあります。そんなときは、製品や機械、原材料、治工具にいたるまで、工程全体をすみずみまで観察し、素直な眼で現象をじっと見つめなおすことです。不良品や整備の悪い機械があれば、その泣き声が聞こえてくるはずです。製品そのものが、解決のヒントを語りかけてくれるのです。
 先入観や偏見をもつことなく、あるがままの姿を謙虚に観察することが大切です。
『京セラフィロソフィ』サンマーク出版 P563より)
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私たちの働き方も、20数年前とは大きく様変わりしました。
当時は一人一台パソコンがデスクにあるなどということは考えられなくて、大抵の事務仕事はすべて紙ベースで処理していました。
連絡は基本的には電話で、しかも外出先ではポケットベルで連絡して、公衆電話で折り返すという感じでした。
今から考えれば不便な時代でしたが、その分色々と段取りを考えていたような気がします。
人は生活が便利で手軽になればなるほど、手間をかけることを惜しむようになります。
その結果、私たちはいろんなところで細部へのこだわりを無くしてしまったのではないでしょうか。

手の切れるような製品をつくる

 私たちがつくる製品は、「手の切れるような製品」でなくてはなりません。それは、たとえばまっさらなお札のように、見るからに鋭い切れ味や手触りを感じさせるすばらしい製品のことです。
 製品にはつくった人の心が表れます。ラフな人がつくったものはラフなものに、繊細な人がつくったものは繊細なものになります。たくさんの製品をつくって、その中から良品を選ぶというような発想では、決してお客様に喜んでいただけるような製品はできません。
 完璧な作業工程のもとに、一つの不良も出さないように全員が神経を集中して作業にあたり、ひとつひとつが完璧である製品づくりを目指さなければなりません。
『京セラフィロソフィ』サンマーク出版 P553より)
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完璧である製品を作り出すためには、その製品のことを誰よりも知っていないとできません。
しかし世の中の製品を作る人達の大半は、自分が作っている製品をある程度知っているにすぎません。
だから、完璧な製品をつくることが出来ません。
その製造に関わることを全て知ろうという覚悟は、製品が複雑であればあるほど並大抵のことでは出来ません。
ただし本気でそれを目指し、そこへ近づいていけば、その製品は磨かれていき、いずれは皆の目にとまることでしょう。
私たちは最終的にそういう製品を作り出すことを目指していかなければならないということです。
プロフィール

たけ

Author:たけ
読書遍歴
太宰治(高校時代)
福永武彦、司馬遼太郎、田中芳樹(大学時代)
京極夏彦、永倉万治、佐藤賢一(20から30代)
最近はビジネス書がほとんどで、フィクションはときどきしか読まなくなりました。

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